10月10日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
No.1は誰だ!
武術界チャンピオン連続殺人事件に隠された復讐
香港アクション映画の最前線を走り続け、今や世界のアクションスターとして“宇宙最強の男”と呼ばれるドニー・イェン。そして、『孫文の義士団』(09)で香港のアカデミー賞第29回香港電影金像奨8部門に輝き、監督賞を受賞したテディ・チャン監督。このふたりが再びタッグを組み香港映画の代名詞ともいえるカンフーを主題に、武侠時代劇の構想と武術の精神、そしてミステリアスなストーリーを一体化させた本作。原題にある“武林(ジャングル)”とは、武術の達人たちが集う世界を意味し、No.1になるため“功夫(カンフー)”のチャンピオンたちに“死の戦い”を仕掛ける男と、それを阻止する元武術家チャンピオンの技と技が繰り広げられる命を賭けた激闘は必見!さらに、香港カンフー・アクションの歴史に関わった人々がスタッフとして、キャストとして登場するシーンも見逃せない!
アクション監督も務めたドニー・イェンは、武術指導のユン・ブン、ヤン・ホア、スティーブン・トンの4人とともに第34回香港電影金像奨最優秀アクション監督賞も受賞。少林寺出身の中国の人気スター、ワン・バオチャンとのクライマックス13分にもおよぶ死闘はまさに往年のカンフー・アクションを彷彿とさせ、手に汗握るシーンとなった。
警察の武術教官でありながら一門の名を挙げるために私的試合で殺人を犯し服役中のハーハウ・モウ(ドニー・イェン)。武術界チャンピオンの連続殺人事件をきっかけに、ロク警部(チャーリー・ヤン)への捜査協力と引き換えに仮釈放となり犯人を追う。ハーハウはこの犯罪の目的は恨みではなく、これからも事件は続くと断言。彼の予言通り、武術界のチャンピオンたちが自分の得意とする武術で相次いで殺害されていく。
犯人の目的は?
そしてハーハウとの関係は?
侠客劇の構想や武術を尊ぶ精神を21世紀に融合させ、本格的カンフー映画にするのは、一見不可能に近い。「あれこれ考えて、犯罪を絡めたらもっと表現の可能性が広がると感じたので、思い切って連続殺人犯の物語を書くことを考えました」。ワン・バオチャン演じる封于修(フォン・ユィシウ)は身体に障害をもちながら武術に魅せられ、先天的欠陥を補うために普通の人の百倍もの努力をして修行し、武術界の認める最高の使い手になると誓う。「天下第一」になるためには、まず現在の「第一」、つまりドニー・イェン演じる夏侯武(ハーハウ・モウ)を倒さなければならない。しかし西洋の教育を受けて育ち、万事論理的に考える女性巡査部長の陸玄心(ロク・ユンサム)から見れば、これらはすべて想像を超えた発想なのだ。
テディ・チャン監督は、ずっとアクション映画には思い入れがあった。「私は映画人生の8割をアクション映画に注いできました。この業界に入り、スクリプター、助監督、プロダクション・スーパーバイザーなどをやっている時にたくさんの武術監督たちと一緒に仕事をしました。だからアクション映画には特別思い入れがあるし、自分でアクションを振り付けるのも好きです」。テディ・チャンは日の当たる場所、当たらない場所でアクション映画のためにケガをする人をたくさん見てきた。だからこそひとつの思いがあった。「アクション俳優は年を取ると寂しいものです。若い時にケガをし、歳を取ると身体がきかなくなる。だから私は、武侠映画やカンフー映画に貢献してきたアクション監督や映画人に敬意を表して、彼らのためにお金を集められる映画を撮りたいと、ずっと思ってきたんです」。だからこそ、『カンフー・ジャングル』は、香港スタントマン協会が協力している。だからこそ劇中でさまざまな武術家たちの戦いのシーンが登場し、映画のアクションの多彩さと独自のスタイルが作り上げられている。
トン・ワイの担当した腿法と武器の戦いの場面は、激しく、変化が多く、見応えがある。ユン・ブンの担当した鷹爪功は敏捷で、テコの原理と人体の経絡の原理を使った素晴らしいものである。「一本の映画であっても、スタイルを統一する必要はありません。さまざまなスタイルがあるほど鑑賞に堪えるからです」とテディ・チャンは言う。 アクションシーンはどれも迫力があるが、テディ・チャンは、やはり一番難しかったのはドニー・イェンが振り付けた最後の戦いだったと言う。「私は深夜の高速道路での戦いを考えました。四車線には車が走っていて、二人が戦っている。拳が当たっても重傷を負うとは限らないが、高速道路を走る車が一台ぶつかったら、骨折するか重傷を負う。こういう危険が四方八方から襲いかかるのです」。
チャーリー・ヤンは映画の中では戦うことはないが、この映画では多くのカンフー映画の先輩たちが参加しているので、出番がなくても彼女は撮影現場に残ることが多かった。「ドニーとバオチャンが一緒になる場面で一番人が多かったわ。彼らが位置につくと、すべてのスタッフが観客になった。もちろん、私も」。彼女はこうも言う。「一番印象に残っているのは、すごく寒い深夜のことで、バオチャンが長い竹を手にしてドニーと戦ったの。そのシーンは長くて、技の数も多かった。ドニーはアクション監督を兼任していて自分への要求が高いし、バオチャンも自分に厳しい人だからドニーの要求に応えようとしていた。そのシーンの撮影はものすごく時間がかかり、みんなへとへとだったんだけど、二人はやめようとせずに戦い続けたの」。
『カンフー・ジャングル』はテディ・チャン監督にとって、かつての香港カンフー映画に捧げた作品だ。劇中では、かつてカンフー映画に大きな貢献をした映画界の先人たちの姿を垣間見ることができる。
たとえば、テレビで放映されている映画が『ドランクモンキー酔拳』(78)で、そこに師匠役を演じるのはユエン・ウーピンの父であり武術指導者の故ユエン・シャオティエン、同様に放送されている映画『秘技・十八武芸拳法』(80)の故ラウ・カーリョンへの敬意が映画のそこここに見える。またこの作品には映画界で活躍する先輩、ショウ・ブラザースのスターだった『新・片腕必殺剣』(71)のデビット・チャンや製作者のツイ・シウミン、カー・アクションのブルース・ロウ、武術監督で俳優のユエン・チュンヤン、マン・ホイやシャロン・ヨン、監督のアンドリュー・ラウやソイ・チェン、そしてゴールデン・ハーベスト社の創立者だったレイモンド・チョウも参加しており、彼らの一部は映画の中でドニー・イェンと対戦し、衰えない輝きを見せている。
ドニーは、香港カンフー映画が彼の映画人生に与えた影響は計り知れないと話す。「私は香港映画の人間です。30年間、香港アクション映画の移り変わりを見てきました。私がこの世界に入った時は、民国初期を舞台にしたカンフー映画の晩年で、その後、時代劇と現代劇を経験し、また時代劇が流行り、最近では『イップ・マン』シリーズがブームになりました。今回、監督は本作品を通してかつての先人たちに敬意を表したかったんだと思います。もちろん個人的な思いも込めて。なぜなら、彼は私と同じ、香港カンフー映画のさまざまな時代を見てきた人間だからです」。
1963年7月27日中国・広東省生まれ。2歳で香港へ渡り、幼少の頃から武術家である母のもとで少林拳や太極拳の訓練を積む。ブルース・リーの映画に衝撃を受け、18歳から北京の体育学校で本格的に武術を学ぶ。その後ユエン・ウーピン監督に見出されて『ドラゴン酔太極拳』(84)に出演し香港映画界に進出。92年『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱』で香港電影金像奨助演男優賞にノミネートされる。本格派アクション俳優として活躍し、『ドラゴン危機一発’97』(97)、『ドニー・イェン COOL』(98)では監督、アクション監督も手掛けた。2000年には『ハイランダー 最終戦士』でハリウッドデビューを果たし、日本映画『修羅雪姫』(01)、ユアン・マクレガーが出演した『アレックス・ライダー』(06)、プレイステーション2用のゲームソフト「鬼武者3」でアクション監督を務めるなど、ワールドワイドな活躍を見せる。『SPL 狼よ静かに死ね』(05)では香港電影金像奨アクション監督賞を受賞。その後も『イップ・マン 序章』(08)の大ヒットで、中国でもっとも人気のあるアクションスターとして活躍している。
佛山武術館合一門派の宗師で、聡明な武術の天才。香港警察の要請を受けて、武術教官を務めたこともある。若いころは勝負にこだわり、しばしば実践で戦ったが、ある時誤って人を殺してしまい、深い自責の念にかられる。服役中、南拳王が殴り殺されたことを聞き、犯人の目的を察して、警察の捜査に協力することを条件に、仮釈放を求める。
1984年5月29日、中国・河北省生まれ。6歳から武術を学び、8歳で嵩山少林寺の在家弟子となる。2002年に出演したリー・ヤン監督作『盲井(未)』が、ベルリン映画祭銀熊賞のほか、台湾金馬奨にて最優秀新人賞を受賞し、一躍注目を浴びる。その後も『イノセントワールド-天下無賊-』(04)『戦場のレクイエム』(07)など、フォン・シャオガン監督作品に出演し、09年『ラスト・ソルジャー』ではジャッキー・チェンと共演。2012年に公開した『ロスト・イン・タイ』は中国語映画興行収入最高記録となり、人気スターの地位を確固たるものにした。最新作はチェン・カイコー監督の『道士下山』(15・未)で主演を演じている。
自虐的なやり方で武術を独学、普通の人の百倍もの努力を重ね、ついに生まれつき左右の足の長さが違うという欠陥を克服して武術界の達人となる。「天下第一」になることを夢見て「天下の勇者と戦う」「天下を分け、生死を分かつ」を口癖とし、何かにとりつかれたかのように、一切を顧みずに夏侯武との戦いを繰り広げる。
1974年5月23日、台湾・台北市生まれ。香港とアメリカで教育を受け、18歳の時に香港で芸能活動を開始。アーロ ン・クォックと共演したジュエリー広告で注目され、1992年に歌手デビュー。TVB主催の音楽賞「勁歌金曲」で最優秀新人賞を受賞した。1993年に『フューチャー・コップス』で映画デビューし、ウォン・カーウァイ監督の『楽園の瑕』(93)、『天使の涙』(95)、ツイ・ハーク監督の『永遠の恋人たち バタフライ ラヴァーズ』(94)をはじめとする作品に出演。1997年に歌手をやめて一時期事業に専念するために芸能休業していたが、2004年に『香港国際警察/NEW POLICE STORY』で女優活動を再開する。2013年には自ら脚本を書いて監督した『聖誕玫瑰Christmas Rose』(未)で香港―アジア映画投資フォーラム・最優秀賞を受賞した。
凶悪事件捜査本部の巡査部長。西洋の犯罪学を学び、多くの難事件を解決したが、次々に起こるカンフー連続殺人事件では手がかりさえつかめない。捜査の過程で夏侯武のアドバイスを受けるが、しばしば犯人に先を越され、仕事の上でこれまでにない心理的プレッシャーを感じる。
1986年5月2日、中国・西安生まれ。西北政法大学在学中に、エンペラー・エンタテインメント代表のアルバート・ヤンに見いだされて芸能界入りを果たす。韓国の女優キム・ヒソンにそっくりだったことから、デビュー当時は「小ヒソン」のニックネームがあった。歌手デビューのほかテレビドラマや映画に出演。2010年にジャッキー・チェンがプロデュースしたテレビドラマ「神話」で一躍人気女優となった。同年『新少林寺/SHAOLIN』に出演し、2013年位は北京四大美女の一人に選出されている。
父は合一門派の以前の宗師。兄弟子である夏侯武とは将来を誓った仲だが、夏侯武が誤って殺人を犯して逮捕され、父親がこの世を去った後、歯を食いしばって武術館を支え続け、兄弟子の出所を待つ。連続殺人事件が起きてから、自らの命も危険にさらされる。
1963年3月17日マカオ生まれ。モデルで活動している時にスカウトされ、1986年『逃出珊瑚海』(未)で映画デビューを飾る。最初は『天使行動2』(89)、『リーサル・パンサー2』(90)といったアクション映画を中心に活躍していたが、1993年にTVBと契約してテレビドラマで活躍するが、1996年に契約終了し、再び映画中心で活動するようになる。そして『ワンナイト イン モンコック』(04)で第24回香港電影金像奨で最優秀助演男優賞を受賞した。
凶悪事件捜査本部総警視、ロク警部の上司。彼女が仕事で追い込まれていることを知り、いろいろな面で協力をする。
1978年中国生まれ。嵩山少林寺の第32代の弟子として12歳の時に少林寺へ帰依し、少林寺武僧隊として11年間武術を習って参禅を行った。少林寺武僧隊を代表して世界で公演しており、また映画にも出演するようになる。そしてチャウ・シンチーに買われて『カンフーハッスル』(04)に初出演し、大きく注目を浴びるようになる。その後も、ドニー・イェン主演『導火線 FLASH POINT』(07)、『イップ・マン 葉問』(10)、『孫文の義士団』(10)等の注目作に出演。『新少林寺Shaolin』(11)では少林寺の弟子を演じるなど、アクションスターとして活躍している。
中国生まれ。ドニー・イェン・アクションチームの武師の一人として『ツインズ・エフェクト』(03)、『導火線 FLASH POINT』(07)、『三国志英傑伝 関羽』(11)といった作品で活動しながらも、俳優兼任として『かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』(06)、『スペシャルID 特殊身分』(13)、『アイスマン』(13)に出演している。『捜査官X』(11)では事件の発端となる悪役の一人を好演している。
1973年6月19日香港生まれ。父親はショウ・ブラザースで活躍していたフォン・メイサン。3歳の頃から武術を習い始め、同時に子役として映画に出演するようになる。その後もアクションスターとして数多くの映画やテレビドラマに出演するなどして活躍。『イップ・マン 序章』(08)では 第28回香港電影金像奨助演男優賞にノミネートされた。